仏壇屋ですから、仕事柄、おうちの中のお仏壇に通していただくことが多くあります。
お仏壇って、ふだんなかなか人目に触れない、家の中の秘部のような場所ですが、われわれ仏壇屋さんは、そこに足を踏み入れることが許される数少ない人種です。
お仏壇の前でのお客様とのやりとりでは、「いかに商品やサービスを売り込むか」よりも、「故人さまやお仏壇にどんな想いを持っているかを語って頂く」ことに注力します。
要は、話すよりも聴く、ということです。
そっちの方が、いい商談になるし、お客様も喜んでくださるし、何よりも、ぼく自身が楽しい。
目の前の方は大切な人を亡くされているのですから、「楽しい」と言っては不謹慎かもしれません。
でも、心の奥深くにある琴線に触れるか触れないかの領域でお話ができるって、そもそも人生において、なかなかないですよね。
そんなところに日常的に立ち会わせていただける仏壇屋さんという仕事は、本当に尊くて、ありがたいなあと思うわけです。
お客様に故人さまについて語っていただくために、ぼくなりの3つの質問を携えています。今日はそんなお話をしてみようかなあと、思います。
1.遺影写真を見て
葬儀を終えられたばかりのおうちだと、中陰壇(お骨を飾るための祭壇)に遺影写真が置かれます。
四十九日が過ぎると中陰壇は不要になりますが、その場合、遺影写真は仏壇のそばに置かれることがしばしばです(昔ながらの仏間だと鴨居にかけて並べる)。
遺影は、葬儀の時は祭壇の中心に置かれ、葬儀のあとも自宅の中で長く飾られるものです。死後、亡き人の面影は遺影写真によって定着すると言っても過言ではありません。
だからこそ、遺影には最も故人さまらしい表情のものが好まれます。そのため、亡くなる1年前のものもあれば、5年前のものもあり、いつ頃の写真を選ぶかはおうちによってさまざまです。
そこでぼくは、
「これは、いつ頃撮られたお写真ですか?」
…と訊ねます。
するとご遺族は、「〇年くらい前のものです」ということばに加えて、写真を撮った時の思い出やエピソードも一緒に話してくれたりします。
「2年前に、入院先の病院に家族みんなでお見舞いに行ったときに撮ったんです」
「米寿のお祝いの時の記念写真だから、もう5年も前になりますね」
「半年前に孫の結婚式の時に撮りました。孫は本当におばあちゃん子だったんで、最期にハレの姿を見せることができて良かったです」
「10年前のものです。いまよりもだいぶ若いですけど、思い出の沖縄旅行の時のもので、父がこれを遺影にしてほしいと願ってたんです」
…といった具合に、ご遺族の方から、その時間までさかのぼって、思い出やエピソードを語って下さるんです。
聴くことは癒しになります。ぼくはなるべく、一つひとつの尊いお話に口を挟まずに聴くようにしていますし、そうしたお話を聴くのが、正直に、楽しい。慈しみ、みたいな感情が沸き起こるんです。
2.戒名を見て
戒名は、故人さまを偲ぶのに持って来いです。
たとえば「梅庵雪香大姉」という戒名の書かれた位牌があったとしましょう。
それを見たときおそらくぼくは、
「お写真のお母様にぴったりな、とてもすてきなお戒名ですね」
「梅に雪だなんて、2月という季節を迎えるたびに故人さまのことが思いだされますね」
「梅の花がお好きだったのですか?」
…などと、6文字の戒名からいろいろな物語を引き出すことができます。
戒名とは、わずか数文字に込められた故人さまのキャッチコピーのようなものです。生前の生きざま、死後の安寧、家族たちの想い、これらをギュッと集約したのが、戒名のすばらしい点です。
『まいてら』の主宰者である井出悦郎さんは、著書の中で戒名の価値を、次のように挙げています。
- (生前に授かれば)生きる指針
- 生きざま・人柄を端的に表した「人生のコピーライティング」
- 「お経に由来する文字を組み込み、歴史の物語・文脈と接続してくれる」
- 親から授かった名前と、生きざま・人柄が統合された自分の「本当の名前」
- 数文字に人の記憶を凝縮し、後世に伝えやすくする
井出悦郎『これからの供養のかたち』
ちなみに、この「梅庵雪香大姉」というのは、ぼくの母の戒名です。
2月生まれで、2月に亡くなった母は、梅のきれいな山を愛しており、毎朝その山を走っていたほどです。
生前の名前は「雪枝」と言い、雪国・島根県で生まれました。母が生まれた日は雪が多く降った日だったらしく、梅の枝にかかる雪を見て、祖父がこの名前をさずけたのだそうです。
晩年は仏教に帰依してましたから、いまごろ「梅庵」という掘っ立て小屋で、静かに修行の日々を過ごし、仏さまとなって私たちのことを見守ってくれている母の姿が目に浮かびます。
ちなみに禅語に「一枝の梅花、雪に和して香し」というのがあるそうです。意味は、雪の中で梅が花開き、香りを漂わせている。厳しい寒さをくぐり抜けたからこそ、その美しさ、かぐわしさが際立つ」というもの。
戒名を付けて下さった和尚は臨済宗のお寺でしたから、このような戒名をいただいたのでしょうね。
ね。いかがですか?
母の戒名ひとつとってみても、生前の人柄、名付け親である祖父の想い、季節感、仏教的文脈など、これだけのことを語り、そして聴くことができるんです。
3.お供え物を見て
お供え物は、愛です。
まるでそこに本人がいるかのように、故人さまが好きだったものが並べられます。
お菓子、果物、ジュース、ビール。自分たちの食事をとり分けて仏壇にお供えする人も少なくありません。
ぼくたちが、大事な家族に食事を用意するように、友だちや恋人と一緒に美味しいものを食べるように、同じように、故人さまが喜んでくれるものをお供えするのです。
わたし「甘いものがお好きだったのですね」
お客様「そうなの。食後にいっつもチョコレートを食べてたわ」
わたし「ビールを飲まれてたのですね」
お客様「亡くなる数年前からはお酒が飲めなかったから、せめてお供えしてあげようと思って…」
…などと、お供えものに少し触れるだけで、こうしたやりとりが、ごく自然に生まれてきます。
お供え物は故人さまへのプレゼントです。何をお供えしてあげようかなと迷っている時から、意識が故人さまに向けられています。その時間や手間ひまこそが、なによりも貴重なのではないでしょうか。
だからこそ、お供え物についてお伺いすると、ご家族からは故人さまにまつわるいろんな思い出が語られるのです。
聴くことは癒し
聴くことは癒しになると信じています。
大切な方を亡くされた直後の方に対して、癒しや安らぎを与えたいけど、何をどのようにすべきか分からないということはしばしばです。
そんな時に、ぼくはこの3つの方法で話の糸口を探ります。もしも少しずつことばを語り始めて下さったら、あとは、ひたすら心を込めて聴くだけです。
そして、こうした会話を引き出してくれるのが、お仏壇という場所なのです。
仏壇カタルシス
仏壇店に勤務するライター・玉川将人が、
インド仏教最高指導者・佐々井秀嶺師からの…
あなたが仏壇の本を書きなさい。
ここにいる人たちの力を借りて
ここにいる人たちのために
本を書きなさい。
…という宿題を成しとげるべく、仏壇にまつわるお話を語っていきます。
あなたの力を貸して下さい。あなたのためのことばを綴ります。
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