昨日とはちがう今日を生きるために

暗澹とした気持ちになりそうだったから

ぼくらはたこ焼きパーティーした

そのニュースを聞いた瞬間に、妻は口を開けてあぜんとして、娘はギャン泣きして、息子は一度はニヤリとよろこんだものの、これからやってくる40日間をゆっくり考えて、かなしい顔をしました。

そしてぼくはというと、安倍さんのこの判断には、「こりゃ悪政だ」と怒りました。

子どもたち、そして子どもを持つ親たち、その親たちが働いている職場の人たち、そしてその職場の人たちが持ってくる商品を待っているお客さん、お客さんからいただいたお金やお給料を期待している家族たち、そしてなにより、今朝も子どもたちを迎え入れてくれる学校現場の人たち、みんなパニックです。

だけど、安倍さんがパニックを起こさなくても、もしかしたらコロナウイルスがさらに大きなパニックを起こしたかもしれない。

この問題は、ほんとうに答えがないんですよね。

だから、安倍さんの判断への個人的感情はここまでにしますね。

昨日と同じように今日はやってきません。本当に。

でも、そんな今日を、僕たちは生きなきゃいけない。

しかも、ただ生きるんじゃない。

やさしく、つよく、おもしろく。

だからこそ、僕たちには毎日すべきことがある。

明日死んでもいいほどに、今日を一日全力で生き切ったか。

どんな明日がやってきても、それを受け入れられるしなやかさを持っているか。

どんな明日がやってきても、変わらない大切なものを持っているか。

苦しい現実のうらがわまで見れる大きな視点を持っているか。

まわりの人にやさして、力を合わせられるか。

昨日とちがう今日を、昨日と同じように生きる。

とってもむずかしいけど、踏み外さないため、流されないために、とってもだいじなことなのだと思います。

今日も一日よい日でありますように。みなさんにとって。わたしにとって。

やさしく、つよく、おもしろく、ね。

とむらいマン

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