怪談は「死」や「死後の世界」の極上エンタメ

幽霊とか、おばけ、なんていうのには、

人間の、ちょいと憧れがある。

なんこかう、ロマン、みたいなものですな

 

こんにちは。とむらいマンです。

今日は7月の14日。旧暦のお盆です。

いまの時代、お盆と言えば8月の13日〜15日が一般的ですが、

実は実は、お盆というのは旧暦の7月13日〜15日でした。

いまでも東京や関東では7月にお盆を迎える地域があるほどですし、

沖縄地方では旧暦の暦にあわせてお盆を執り行うそうですね(たいてい8月下旬から9月上旬)。

お盆。先祖供養と施餓鬼供養の季節。

自分たちの親や祖父母や先祖の霊と、どこの者か分からない餓鬼の霊。

これらをとにかくひっくるめて供養しようというのが日本のお盆です。

そして夏になると、聞きたくなるのが

 

怪談。

 

僕が子どもの頃の怪談といえば、

みのもんたの『おもいっきりテレビ』の中の「あなたの知らない世界」。

それはそれはこわいこわい怪談コーナーを、昼飯のそうめんすすりすすりしながらおそるおそる見てたのを覚えてます。

 

 

怪談の歴史ってのは、古くて古くて、

『古事記』のイザナミが黄泉の国からイザナギを追っかけるシーンなんてある意味めちゃこわい怪談ですし、

古代中世だと「今昔物語」「日本霊異記」なんてのが最たるものです。

江戸時代になると上田秋成の「雨月物語」、古典落語の演目で「牡丹灯籠」「真景累ヶ淵」などもありますし、

明治には小泉八雲の「怪談」、現代では稲川淳二都市伝説『リング』『らせん』なんてそらもう大人気です。

子どもからお年寄りまで、男女問わずに、おばけとか、幽霊とか、そそられるものですよね。

せなけいこさんの『ねないこだれだ』はこども向け怪談の傑作。

怪談というのは、死にまつわる物語で、こちらに恐怖をそそるもの。

「怖いもの見たさ」って言葉がありますが、

ホラーやオカルトというのは、いつの時代でも物語に、ひいてはエンタメになりやすいものです。

冒頭の言葉は、落語家の古今亭志ん朝のもの。

『真景累ヶ淵ー豊志賀の死』の枕で話した言葉なのですが、

 

うーん。なかなか奥が深い。

 

「憧れ」とか「ロマン」という言葉をチョイスしているところが、

なんともいいセンスしてますし、言い当て妙な感じ。

さすが稀代の噺家さんです。

志ん朝さん。続けてこうも言ってます。

幽霊話とか、怪談話、そういうものってのは人が憧れまして、

「幽霊なんてでないよお前、死んじゃったらそれっきりなんだから」

「土に還っちゃうんだよ、なんにもありゃしないよ」

…なんてことを言われると、なんかこう

夢もなにもなくて、寂しくなりますね

 

怪談がここまで人々の中で楽しまれているというのは、

それだけ、死の、そして死後の物語を求めている、欲しているということにほかならない。

『真景累ヶ淵』の場合、豊志賀は自分を裏切った新吉にこれでもかってくらい祟る。

無残な死、悲壮な死には、因果関係がある

こういう風に、人間ってのは考えてしまうものなのですね。

もっと言うなら、

因果関係があるとすることの方が、こちらをいくぶんかほっとさせてくれる。

(理由がない、意味がないということほどの不安はありません)

 

人は亡くなったあとも、あの世で生きている。

人は亡くなったあとも、この世に影響を与えている。

それを物語化して、エンタメしたのが、怪談。

この夏も、怪談がおすすめです。

 

とむらいマン

 

 

※古今亭志ん朝の『累ヶ淵』。怪談なのに笑ってしまいます。絶品です。

古今亭志ん朝~真景累ヶ淵(しんげいかさねがふち)

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