野田元首相の名演説から考える弔辞の魅力。~追悼・安倍元首相~

2022年10月25日。衆議院本会議場。
立憲民主党の野田佳彦元首相は、
追悼演説で安倍晋三元首相の生前の姿を偲び、
功績を讃え、そして死を悼みました。

リアルタイムで中継を見ながらこう思ったものです。

「う~ん。弔辞って、やっぱりいいな」

徒然なるままに綴ります。

謝らなければならないこと

野田さんから発せられる弔いの一言一言は、
かつての政敵への尊敬と嫉妬、
首相経験者だからこそ分かる激務への共感と、
好敵手を永遠に失ったことの悲哀に満ちていました。

とくに、野田さんが謝罪をした場面はことさらに素晴らしかった。

安倍さん。あなたには、謝らなければならないことがあります。
それは、平成24年暮れの選挙戦、私が大阪の寝屋川で遊説をしていた際の出来事です。
「総理大臣たるには胆力が必要だ。途中でお腹が痛くなってはダメだ」私は、あろうことか、高揚した気持ちの勢いに任せるがまま、聴衆の前で、そんな言葉を口走ってしまいました。他人の身体的な特徴や病を抱えている苦しさを揶揄することは許されません。 語るも恥ずかしい、大失言です。
謝罪の機会を持てぬまま、時が過ぎていったのは、永遠の後悔です。いま改めて、天上のあなたに、深く、深くお詫びを申し上げます。

「いつの日か、あの人にあのことを謝りたい」
「でも謝ることができずに、時間ばかりが過ぎていっちゃう」

誰もがこうした苦い経験をしたことありますよね。
亡くなったあとに謝ったって、遅い。
でも弔いをすることで、
心の中に残ったしこりを和らげる作用が働きます。
野田さんの後悔は
言葉にして、たくさんの人々に聞いてもらうことで
はじめて赦しを得られたのではないでしょうか。

“1対1の手紙”だからいい

野田さんの演説を聞きながら、

「どうして弔辞ってこうも素晴らしいのだろうか」

…、そんなことを考えてしまいました。

この日行われたのはあくまでも演説ですが、
ここでは
故人の手向けの言葉=「弔辞」
として捉えました。

弔辞ってやっぱり、
基本形式が“1対1の手紙”
だからいいんですよね。

たとえばこの演説の中で、
野田さんは、過去2度ほどあったという、
安倍さんとのふたりきりの時間
について話していました。

おそらくこの演説を聞くまで
誰も知ることのなかったエピソード。

それは同時に、
誰もが見たことのなかった安倍さんの
新たな一面を知る瞬間でもありました。

重苦しい雰囲気を最初に変えようとしたのは、安倍さんの方でした。 あなたは私のすぐ隣に歩み寄り、「お疲れ様でした」と明るい声で話しかけてこられたのです。

あなたには、人と人との距離感を縮める天性の才があったことは間違いありません。

家庭の中での何気ない会話の中に
真理に通じる哲学が潜んでいることがあるように
1対1の手紙の中で語られる言葉やエピソードに、
普遍的で本質的なものが込められていることもあります。

そしてそれが聴衆それぞれの琴線に触れた時に、
ため息や、感動や、涙を誘い、
より強く、故人への弔意が深くなります。

弔辞のススメ

弔辞というのは、中~大規模の葬儀で、
友人代表が述べるのが一般的ですが、
この弔辞文化の敷居が
もっと下がればいいのに、なんて思うのです。

家族葬のような小規模葬儀でも、
家族や親族同士であっても、
私は弔辞をおすすめします。
孫から祖父母に贈られる弔辞なんて、
きっと涙なしでは聞けません。

弔辞を書くためには、
まずはその人の生きざまや
その人との思い出を
頭の中で蘇らせます。

さらにはそれを
言葉に書き直していくわけです。

思い出す。書き留める。
この作業の中で、
故人はすでに蘇っています。

そして霊前に向かって
弔辞を読むことで、
故人に手向けられた
言葉のひと言ひと言は、
さらにたくさんの人に共有され、
その人の数だけの故人が
さらに色々な表情をしながら
蘇っていくのです。

野田さんの演説によって、
何人の人が
自分の中の「安倍さん」を思い出し、
生前の姿を蘇らせたでしょうか。
私なんて触発されて
こうして言葉を綴りだしているほどです。

私たち人間は、
蘇生しないと分かっていても、
死者の蘇りを祈る生き物です。

弔辞は、
蘇りを願う儀式のひとつでもあるのです。

死者を大事にする社会へ

たとえ相手が政敵であれ、
死者に鞭打つことなく、
優しく送り出す。
これはとても素晴らしい国会の慣習です。

死者とは
未来の自分自身の姿です。
死者を大事にする社会でないと、
生者に優しい社会は築けません。

日本の追悼文化が
立法府にまでしみ込んでいることは
とてもすばらしい。
その品格を
自らの演説で示してくれた野田さん。
本当にありがとうございます。

野田元首相。大変お疲れ様でした。
安倍元首相。安らかにお休みください。


▶野田元首相の追悼演説動画

【LIVE】野田元総理 国会で安倍元総理の追悼演説|10月25日(火) 13:00頃〜

野田元首相の追悼演説全文

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