亡き祖父と友人が教えてくれた「不確実な明日への強さ」-vol3 ケンタさん(36歳・IT企業勤務)

『30代よ 死を語れ!』第3回目はケンタさん(36)です。

IT企業でライフエンディング事業に携わるケンタさん。30代に入って最愛の祖父と友人を亡くしたことをきっかけに「死がいつかは必ずやってくるものだと自覚した」と語ってくれました。また、Webマーケティングの観点からも、現代の日本人の弔いの傾向、さらには未来予測についても詳しく話してくれました。

人って、ホントにあっけない

とむらいマン(以下:とむ) こんばんは。よろしくお願いいたします。

ケンタさん よろしくお願いいたします。

とむ 死や死生観についてインタビューされると聞いて、まずは何を思いましたか?

ケンタさん 特別に思うところというのはありませんね。抵抗はなかったです。

とむ 普段からお仕事で供養について触れているから?

ケンタさん それもありますね。

とむ ケンタさんのお仕事について簡単に教えてもらえますか?

ケンタさん IT企業でエンディング関連の事業に携わっています。主に葬儀や仏事やお墓についての情報発信、マーケティング、業者とユーザーのマッチングなどですね。すると、毎日葬儀やお墓について悩んでいる人の話を聞きますし、業界の人たちともたくさん話をする中で、死や弔いについても自然に考えるようになりました。

とむ いまの仕事につくようになったのは何歳くらいの時ですか?

ケンタさん 34歳の時です。社内で「新事業のスタートアップをしたい人いるか」って聞かれて、自分から手を挙げました。

とむ へー。すごい。エンディング関連の事業をしたい! という想いがあったんですか?

ケンタさん はじめは深く考えてなかったです。ただ「新しいことにチャレンジしたいな」という程度の想いでしたね。でもあとから考えてみると、32歳の時に祖父と友人を亡くしたのが大きかったです。

とむ 1年にふたりも大切な人を亡くしたんですね。

ケンタさん はい。

とむ おじいさんはどのように亡くなったのですか?

ケンタさん 80代後半だったんですけれど、もともと漁師で、体も大きかった。年の割にかなり若く見えてたあのおじいちゃんが、あんなに弱るんだと驚いていたら亡くなってしまった。人って、ホントにあっけないなと。

とむ そうだったんですね。お友達はどのような形で亡くなられたんですか?

ケンタさん 学生時代のサッカー部の後輩なので、私の1つ年下、31歳で亡くなりました。不慮の事故に巻き込まれたんです。一週間前まで元気で、電話でも話してたくらいですから。本当に驚きました。

とむ なかなか受け入れられないですよね。

ケンタさん はい。受け入れがたいものがあります。

とむ おじいさんの死と友人の死。こうした経験が、いまの仕事への原点?

ケンタさん もうひとつ、29歳の時に母が大きながん手術をして、結果としてなんとか乗り越えてくれたのですが、その時は強烈に死について考えましたね。

とむ 完治されたんですね。よかった。

ケンタさん はい。でもその時は死を覚悟しました。

とむ 29歳の時まで、深く死を考えたことはなかったのですか?

ケンタさん はい。なかったです。

とむ お母さんが生きるか死ぬかの瀬戸際だった。その時はどんな心持ちでしたか?

ケンタさん 祈るしかなかったです。

とむ 祈りの対象はだれでしたか?

ケンタさん 特に「だれ」とか「なに」というわけではありませんでした。母の無事を、ただただ祈っていた、って感じです。

今の生活の中で大切にしているモノとして、サッカーボールと自転車を挙げてくれたケンタさん。サッカーボールには亡き後輩の思い出が込められている。

自分のことは簡素にしてほしいと思うのに、だいじな人のことは大切に供養する

とむ 少し話を変えていきますね。死後の世界ってあると思いますか?

ケンタさん 死後の世界ですか? ……ないと思います。

とむ じゃあ、死ぬ瞬間って、どんな感じだと思いますか? そして、死後自分はどうなると思いますか?

ケンタさん 死ぬ瞬間は眠るように亡くなり、死んだ後は、何も残らない。無になると思います。

とむ 無? 

ケンタさん はい。無です。

とむ じゃあですね、自分が亡くなったあと、遺された人たちにはどのように扱ってほしいですか?

ケンタさん 自分の死後のために手間とか費用をかけないでもらいたいですね。

とむ なるほどです。では、おじいさんは亡くなった後どうなっていると思いますか?

ケンタさん うーん。そうですね……何かに生まれ変わっているんじゃないですかね?

とむ なるほどです。何に生まれ変わったと思いますか。

ケンタさん 何にかはわからないんですが、きっと人に生まれ変わっているような気がします。

とむ どうしてそう思われるんですか?

ケンタさん うーん……なんとなくですね。

とむ  お友達はどうですか?

ケンタさん そうですね。友人も同じ感じですね。どこかで何かに生まれ変わっているかと。

とむ ケンタさんは亡くなったおじいさんやお友達にどのように向き合ってますか?

ケンタさん ふふふ…。(と、あることに気づいて小さく笑いながら)きちんと手を合わせていますね。人間っておもしろいですね。

とむ おもしろい?

ケンタさん 自分のことはほっといてくれ、手間暇かけないでくれと思うのに、だいじな人のことは大切にするんだなあって。

とむ ほんとですね。

ケンタさん 自分の骨は山でも海でも撒いてくれと希望しても、遺された人たちってのは、そう簡単にそんな風にはできないものなんですよね、きっと。

とむ ちなみに、幼いころから仏壇やお墓に手を合わす慣習はありましたか?

ケンタさん 小さい時から仏壇やお墓があったんで、当たり前のように手を合わせてました。両親も、祖父母も、みんな丁寧にご先祖様にお参りする人たちでしたね。

とむ では、お母さんががんで大変だった時も、仏壇に向かって手を合わせた?

ケンタさん いや、それはなかったですね。

とむ あら。そうでしたか。

ケンタさん そうなんですよね。なんか、それは、少しちがう気がしますね。

とむ 祈りの対象ではなかった?

ケンタさん そうですね。その時の僕にとっては母の回復を祈る場所ではなかったですね。お墓や仏壇って、この世に生きている人のためではなく、亡くなっている人と向き合う場所なんじゃないですかね。

実家に帰省するたびに手を合わすというお仏壇(撮影:ケンタさん)

「よき弔い」に貢献したい 2つの理由

とむ おじいさんやお友達の死が仕事に与える影響っていうのはありますか?

ケンタさん はい。私自身は葬儀やお墓を通じて祖父や友人の死を受け止めることができた。葬儀やお墓についてわからないという人が多くいるので、正しい情報を届けたいです。それによって、そうした人たちの「よき弔い」に貢献したいですね。

とむ ケンタさんと出会ってから2〜3年になりますが、「貢献」ということばがよく出てくるんですよね。

ケンタさん そうなんですか? 全然気づかなかった。

とむ 「ライフエンディングが充実した社会に貢献したい」とか、「気持ちよくお墓まいりしてもらえるよう貢献したいとか」、前にもなんども聞きましたよ。その貢献したいと思うモチベーションの原点は、どのあたりにありますか?

ケンタさん 2つあるんですよ。ひとつは、この事業に携わってわかったことなんですが、後悔している人があまりにも多い。

とむ 後悔?

ケンタさん はい。仕事では特にお墓や霊園についての情報発信をしているので、うちの手がけるコンテンツに触れたユーザーさんの声をよく聞くことができます。すると、何も知らずにいまの流行のまま納骨堂や樹木葬にしてしまったことを後悔しているという人が、あまりにも多いんです。

とむ そうですか。どうして後悔するんですかね。

ケンタさん 単純に知識不足ですね。だから、少しでもいい情報を発信して、正しく知識をたくわえてもらって、後悔をひとつでも減らしたいと思ってます。お墓は自分たちの両親や先祖という本当に大切な人が眠る場所ですから、後悔してほしくないんですね。

とむ モチベーションの原点のもう1つは?

ケンタさん やっぱり身内の死を経験して、手を合わす場所の大切さに気づいたことです。お葬式の時も、すごく悲しかったですけど、2日間しっかりと祖父に寄り添うことができ、おかげですっきりとお見送りができました。自分の中でしこりのようなものが残ることはなかったんですよ。

とむ その「すっきり感」がだいじですよね。

ケンタさん はい。そうだと思います。そのことを感謝しているからこそ、満足や納得いく弔いをしてほしい。こういう事業に携わることができたわけですから、葬儀やお墓についてわかりやすくて正しい情報を発信をして、ひとりでも多くの人の「よき弔い」みたいなものに貢献したいですね。

墓石・樹木葬・納骨堂 お墓の未来予測

とむ 樹木葬や納骨堂には後悔の声が多いということをもう少し深掘りしてもいいですか? その理由はどのへんにあると思いますか?

ケンタさん きっと、それがどういう供養の方法なのかをあまり知らずに契約してしまったからなんです。決して樹木葬や納骨堂が悪いとは思いません。ただ、墓石に比べて歴史も浅いため、前例も少ない。よくわからないままにそれらの方法を選ん人たちが「こんなはずじゃなかった」と後悔しているというのが、どうしても目立ちます。期待と現実のギャップがあるんでしょうね。

とむ 具体的にはどんな声がありますか?

ケンタさん 自分たちだけの個別に手を合わす場所がない。隣との境界があいまい。お参りする場所の景観などですかね。そうした人たちに、まずは正しい情報と選択肢をお届けしたいですね。そうすることで、後悔の数は必ず減ると思っています。

とむ なるほどです。ちなみに、昔ながらの石のお墓を選んで後悔したという声は聞きますか?

ケンタさん それはほとんどないですね。

とむ なぜでしょう?

ケンタさん 期待と現実のギャップが少ないからだと思います。誰もが石のお墓がどういうものかというのを知っているから、幻想的な期待というものがそもそもないです。だから、後悔そのものが少ない。

とむ 「墓じまい」とか「墓離れ」なんて言われる時代ですが、それでも石のお墓は根強い人気がありますか?

ケンタさん ありますね。最近のメディアの報道を見ている限りは意外に思う人も多くいるかもしれないですが、やはり大切な人の遺骨を埋葬するためにお墓を建てるという人は一定数いますね。

とむ 今後はどうなると思いますか?

ケンタさん 今後? これは難しいですね(苦笑)

とむ 読みづらい?

ケンタさん 読みづらいです。いまはまだ5割以上の人が石のお墓を選んでいるというデータが出ていますが、やがては「石のお墓」と「納骨堂/樹木葬」の割合は逆転するでしょう。でも、だからといって石のお墓がなくなるわけじゃなく、ある一定のところで下げ止まりがくると思います。

とむ なぜでしょうか。

ケンタさん 日本人が慣れ親しんできた方法です。形がきちんとそこに残っているというのはとても大切な要素だと思います。亡くなった人って、そもそも姿や形がないですよね。そんな存在と向き合うには、がっちりとした形あるものが求められます。だから、石のお墓は人気がないと言われていますが、その低下はある水準で下げ止まると踏んでます。

とむ ケンタさん自身はどの方法が一番好きなんですか?

ケンタさん 僕ですか? 石のお墓ですね。

とむ へー。それはなぜ?

ケンタさん やっぱり小さい時から手を合わせていますし、両親や祖父母がお墓に手を合わせる背中を見てきましたから。お墓に行けば、亡くなった人を思い出して、ご先祖様に会えるんだという実感があります。そうした実体験からでしょうね。

仕事よりも、趣味よりも、家族

とむ ご両親と終活をしますか?

ケンタさん 全然しませんね(笑) 僕はしたほうがいいと思っているけど、両親はすごく元気で、毎日を楽しく生きています。

とむ それはそれでいいことです(笑) 「死を考えることは大切だぞ」ってよく言われますよね。

ケンタさん はい。

とむ そこには2つの意味合いがあると思うんですよ。

ケンタさん へー。なんですか?

とむ ひとつは「リスクヘッジ」。「万が一の時に備えて」というリスク回避のためです。事前に葬儀やお墓のことを考えておけばいざという時に安心、というもの。

ケンタさん そうですね。

とむ もうひとつは「バックキャスト」。人生をどのように終えたいかという死を考えることでいまの生き方を充実させるためのものです。たとえば、スティーブ・ジョブズの「もしも今日が人生最後の日ならば、今日することは本当に私がしたいことだろうか」という有名なスピーチもそれで、死を想定することは、人生や生活の密度をグンと高めてくれます。

ケンタさん なるほどです。

とむ おじいさんやお友達の死。そして現在の仕事に触れることによって、ケンタさんの人生や生活の密度は高まりましたか?

ケンタさん 高まりましたね。毎日をより大切にするようになりました。特に家族孝行ですかね。妻や子だけではなく、実家の両親や弟や妹も含めてですねー。

とむ すごい!

ケンタさん 自分がしたいことというのを紙に書くってのを始めたんですよ。

とむ へー。内容知りたいです。

ケンタさん いいですよ。(手元から取り出したメモを見ながら)食事に行くとか、旅行に行くとか、ミッションのスポーツカーを買うとか……

とむ 車好きなんですか?

ケンタさん 車が好きってわけじゃないんですけど、『ワイルドスピード』っていう映画が好きで、ミッションのスポーツカーに憧れますね。

とむ 意外(笑) 穏やかな人なのに、実はワイルド。

ケンタさん あははは。まあ、これは自分の願望なんですけど、あとは……弟や妹の家族を経済的に援助するとか、書いてますね。

とむ 仕事よりも、趣味よりも、家族?

ケンタさん はい。仕事も趣味もだいじです。でも、仕事をここまでがんばれるのも家族がいるからです。

死別が身につけさせてくれた「不確実な明日への強さ」

とむ 人生って、本当にいつ何が起こるかわからないじゃないですか。

ケンタさん そうですね。

とむ おじいさんとお友達との死別で、それを痛感されたと思うんです。

ケンタさん はい。

とむ ましてやいまは新型コロナウイルスのことがあり、明日が分からないというのが当たり前になっている。コロナ以前とコロナ以後で、ケンタさん自身の考え方や生き方に変わった点はありますか?

ケンタさん うーん。それは特にないですね。

とむ ない? 

ケンタさん 祖父や友人の時に、明日はどうなるか分からないということを知ったからです。

とむ なるほどです。

ケンタさん だから、コロナはたしかに大変ですし、大変な想いをされている人もたくさんいるし、リモートワークとはいえ仕事ができているいまの自分の置かれている状況は本当にラッキーだと思い、感謝もしています。ただ、だからといって、そこまで自分が揺さぶられることはありませんね。死別の経験が、「いつ何が起こるか分からない」という、不確実な未来に対しての強さというか、心構えみたいなものを身につけさせてくれたんだと思います。

とむ 明日って、ホントに不確実、ですもんね。

ケンタさん ホントに、あっけないし、何が起こるかわかりません。

とむ その強さを身につけるためにも、きっと「よき弔い」が大切なんでしょうね。

ケンタさん はい。だからこそ、そこに貢献していきたいですね。

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